明治の森・旧青木邸別荘と板室温泉旅館の現況調査/栃木県・那須塩原、板室

【日時】平成27年・3月29日(土)
栃木県の那須野ヶ原の原野に佇む白亜の洋館、旧青木周蔵那須別邸を訪ねた。明治時代に、ドイツ公使や外務大臣等を務めた青木周蔵の那須別邸は、平成11年12月に国重要文化財に指定されたこの建物は、青木農場を開設した青木周蔵(山口県出身)所有であり、明治時代のドイツ公使・外務大臣、子爵の那須別邸として、明治21年(1888)に建築された。当初は中央の2階建ての部分だけであったが、明治42年(1909)に増築し、ほぼ現在の形となった。設計者はドイツで建築学を学び、七十七銀行本店や台湾鉄道ホテル等の設計をした松ヶ崎萬長(つむなが)である。この青木邸は、わが国に残る萬長の唯一の作品で、軸組や小屋組にドイツ様式の構法を採用し、外壁に鱗形のスレートを用いるなどの特徴をもつ貴重な近代建築である。明治にあって那須野ヶ原は、いわゆる華族牧場のメッカであった。1880年代以降、大山巌、毛利元敏、松方正義、乃木希典、山県有朋ら明治の元勲らが、殖産興業下における農業振興を先導するように次々と大農場を拓いていった。その中でも青木周蔵が1881年(明治14)、37歳の時に開設した「青木開墾」(1,576ha)は、松方正義の千本松農場(1,640ha)に次ぐ規模を誇った。青木周蔵は、この広大な農場の管理拠点と避暑地邸宅として、ドイツ帰りの建築界の泰斗、松ヶ崎萬長(まつがさき つむなが)に設計を依頼、1888年(明治21)に竣工している。松ヶ崎は1871年(明治4)、13歳の時に岩倉使節団とともに渡欧し、12年にも及ぶドイツ滞在中にベルリン工科大学にて建築を学んだ後に帰国、日本建築学会の前身、造家学会設立にも創立メンバーとして参画するなど日本近代建築の祖とも言うべき人物である。松ケ崎は、仙台の七十七銀行本店などを設計した後に、台湾に拠点を移し、台湾総督府交通局鉄道部、新竹駅、台北西門市場などの設計を手がけたが、多くは現存しない。この旧青木周蔵那須別邸は、国内に残る松ヶ崎設計の唯一の作品である。青木周蔵は長州藩西南部の吉田宰判土生村小土生(おはぶ)の地下医三浦玄仲の長子として1844年(天保15)に生を受ける。幼名は三浦團七であった。1864年春に長州藩校明倫館好生館が陪臣、地下医にも開放されると團七はすぐに入門する。才気あふれる少年であったのであろう、翌年11月に、好生館教諭役で蘭学者の青木研藏の養子となり、青木周蔵に改名する。このときに大村益次郎が周蔵の語学力(オランダ語)を褒めたという話が残っている。長崎にてしばし滞留した後、1868年(慶応4年)、24歳のときに長州藩留学生として3年分の費用1,575両を携え、ドイツに医学留学をするのである。青木周蔵は奔放な人物であったようである。青木家に入る前の話は後年の回顧録にあるほかはあまり伝わっていないが、留学後から晩年に至るまで彩り豊かな人物であったことを物語るエピソードが尽きない。周蔵はもちろん対英条約改正交渉を始め、大いに大日本帝国に貢献した人物であるが、ここでは人間らしいエピソードを中心に紹介したい。周蔵は藩留学生としてドイツに渡ってほどなく藩に相談することなく、政治経済学へと転籍をする。藩費での医学留学のため、この「勝手な」行動は騒動となる。この騒動は山県有朋の助けを借りて、何とか収まるが、その後も1872年(明治4)にも北ドイツ留学生総代となった後も在独留学生の専攻科目に容喙したりするなどして不興を買うなど活発であったようだ。1874年(明治6)に30歳で帰国した後も、青木家との関係は微妙な状態であった。後見人とも言える木戸孝允が青木家より伝えられる不満(医師の家に入りながら、医学を放棄し、義父、義母の死に際しても連絡も寄越さなかったなどという苦言)を周蔵に伝え、幾度も萩に出向くよう説得するも、周蔵は結局一度もその意に沿うことはなかった。一時期は青木家より離籍するという話まで出るほどであった。公使としてドイツに再び渡った後も周蔵は期待を裏切らない。青木家の養子という立場のまま、何とプロイセン貴族であるエリザベート(へルマン・カール・アルベルト・フォン・ラーデ、母はブランデンブルク家出身のクレメンティヌ・ヘンリエッテドの子)と結婚してしまうのである。1886年に帰国した周蔵は政界に転ずる。1889年の第一次山県有朋内閣における外務大臣就任を皮切りに、松方内閣、第二次山縣内閣でも外務大臣を務めることになるのである。平成元年、別邸は栃木県に寄贈され、県では平成8年(2006)から解体調査を行ない、同10年3月に元の位置から南東側約50メートルに移転して復元・改修したものである。そして、道の駅「明治の森黒磯」の一施設として一般開放された。

                              取材:HICPM住宅生産性研究会正会員  ㈱アップル 大竹 清彦

【旧青木家那須別邸/栃木県・那須塩原市】




















          





古民家実測調査ワークショップ参加/栃木県・那須塩原市板室







                                 取材:HICPM住宅生産性研究会正会員  ㈱アップル 大竹 清彦会員


          【エコロジーの先端、捨てない文化を取り戻す・ビンテージリフォーム】
建築基準法で規定されている現在の【在来工法】は柱や桁梁の接合部に金具補強して、面材や筋交いなどの耐力壁で地震等に抵抗します。これに対し古民家などの【伝統的工法】では、柱や桁梁の接合部は木組みのみで金具の補強はありません。代わりに【伝統的工法】では土塗り壁、竹小舞、差し鴨居、貫などが主要な耐力要素となります。【伝統工法】では土台を使わず1階の柱を直接礎石に立てる【石場建て仕様】が用いられることがあります。特に西日本以西では夏場の床下通気やシロアリ対策から【石場建て仕様】が採用された民家が少なくありません。 【限界耐力計算】という方法で確認申請の適合判定が通れば、こうした【伝統木造軸組み住宅】も新築できる。しかし、この申請・審査には大変な手間がかかり、その結果、現在新築の実績は年間数棟にすぎないのが実情です。 わたしたちは、この【伝統的工法】で使わてきた柱や梁といった構造材の再構築としてリユースする道筋をつけ、消えゆく貴重な資源をリモデリングというで使い継いでまいります。 古いという理由だけで何もせずただ壊して捨てたらゴミになるだけ。しかし、リモデリングで再使用したらあと何年再活用できるでしょうか。 ビンテージ・リフォームは【伝統的工法で使われてきた古材】を大切に、そのままの形で出来るだけ長く使い、捨てない文化を取り戻す究極のエコロジカルなコンセプト・リフォームです。

                           【古材を活用した弊社アップルのリモデリング例】

  ―栃木・旧藤岡町/F邸・230年前の土蔵解体(2011年) ⇒下野市/H邸・古材梁を再活用したマンション・リモデルへ(2012年)
 
―マンションのキッチン・リモデリング―
 16年のマンションの全面改修の一部

薄暗く、開放感のない元の対面型キッチンをリ・モデリング
キッチン台は造作中心のオリジナル
床暖房+LDKは明るく開放的なキッチンに家族が集うようになりました

【Before】
 

 

【施工中】

キッチン台を組み、古材も取付け、LD側のカウンターもインストールして周辺を造作
 
仕上げ:弊社インテリアコーディネーターが詳細を現場で指示
 

 
古材に合わせて周りの造作家具なども自然塗料リボス+京都山中油店の鉱物顔料で着色
 
左官:カウンター天板、袖壁
 

 
天板の左官:クリスタルインレイ使用、蜜蝋で撥水加工 
 
袖壁の左官:スイス漆喰、カルクウォール、エイジング加工
 

【After】






























  ―福島・田島町/I邸・古民家解体(2004年) ⇒下野市/T邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2009年)

    

    

    

   

  

  

【古材を活用したリモデリング例】

   ―栃木・藤岡町/A邸・古民家解体(2007年) ⇒小山市/S邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2008年)
静かな農村地帯に昔懐かしい風情を残す「青木邸」は江戸時代には、この土地で栄えていた大規模な農家。現在、旧道沿いに立つこの家の母屋は約100年前のもの。昔は街道の両脇に茅葺屋根の家々が立ち並ぶ日本の原風景を残す土地でもあった。最近はテレビの番組でも多く登場するようになった古民家とはいえ、子供の頃には「暗くて寒くて怖い」場所と思い育ったそうです。お母さんとの2世帯住宅を建てる決意をされたものの、祖先が使い残してくれたこの母屋をただ解体することに寂しさを感じていらした青木さんご夫婦。「まだ、使えるものなら是非、再生に活用て使い続けて下さい」と。まさに「200年住宅」の真髄ではないでしょうか?昔から、捨てずに大切に使い続けてきた構造材。本来、日本では当たり前に行われてきた建築文化です。もちろん、何もせず、200年耐用できるものなど何処にもありません。定期的に修理修繕し、次代を越え愛着を持ちながらメンテナンスし熟成されてきたのです。大切に使い住み続ける社会の実現。これこそがわたしたちの目指す「200年住宅」の意味するところではないでしょうか?青木さん、わたしたちアップルで古材として立派にリモデリングで大切に活用させていただきます。
                          Before(青木邸
     

   
 当時の貫工法(在来工法の原型)や竹小舞の土壁。地場の欅と松の曲がり梁が素晴らしい。
  
                  After(再生リモデル完成しました

     
 
増改築前(外観)              (和室)                    (廊下)         改装中古材をクレーンで搬入
        
    
       改装中:青木さんの地松の古材梁を2本活用、ドイツ・リボス自然素材塗料で綺麗に蘇る。 
  改築後(廊下)杉の古材柱を廊下でも活用、手洗いをしつらえ、トイレも増設。内装はスイス本漆喰左官&ドイツ・ウッドチップクロス張り
 
    
  改築後(寝室)
   
  改築後(和室:1) 内装:ドイツ・ウッドチップクロス                (和室:2)内装:愛知・桃山土壁(弁柄壁)  
    

【その他、古材を活用したリモデリング例】 Before⇒After
                    
                   よくある普通の和室             「古材の柱」で作った「自在ガキ」をぶら下げ、囲炉裏風の設えに。
                                             「古材梁」を4本使っています。

古民家を見て、その素晴らしさに感動する人は多い。その佇まいはわたしたちの五感に訴えるものは非常に多いが、本当の素晴らしさと意味するところは、自然のシステムが無駄なく利用されている先人たちの知恵に気づく点です。民家に蓄積された仕掛け、例えば風を防ぐ工夫、逆に風を導く工夫、高湿から室内を守る工夫、暗さを補う天窓の工夫といった仕掛けは、わたしたちのスローライフな暮らし方を見直すことを教えてくれます。これは過去への回帰を意味するのでなく、未来の住宅のために、伝統技術を見直し、継承し、新しい知恵を加えるということにつながって行きます。 民家の様々な歴史、文化的な背景を知ることは、ものの真の価値を知ることも出来ます。 裏付けのある知識を持つことで「先人たちの知恵」のルーツを知ることが出来ます。 例えば、家族団らんの食事は囲炉裏を囲んで・・・と思われていますが実は、『囲炉裏』は養蚕のための暖房であり、生活に余裕はなく、封建的なスタイルで食事は各自お膳で取っていた・・・。 しかし、現在はそのような封建的な風習はありませんから、『囲炉裏』は家族で仲良くみんで囲めばいい。 このように、民家を知ることは、わたしたちの先人たちの、地域にあった住まい方を正しく知り、その知恵を活用し、さらに長い年月をかけ熟成させていくものではないでしょうか。
江戸時代から、木材を再利用するのは当り前の時代でした。これがいつしか捨てる文化に変わってしまった。究極のエコロジーは、そのままの形で出来るだけ長く使うこと。ビンテージリフォームは、そんな私達の考えが詰まったコンセプト・リフォームです!リフォームアップルで強力に推進中!
古材を多用するビンテージリフォームは、高い志と古来の伝統工法の豊富な見識を習得した古材施工技術士に是非一度ご相談下さい。
                             日本民家再生リサイクル協会正会員 ㈱アップル・リフォームアップル自治医大店 大竹喜世彦 
 

  


【茅葺屋根の古民家】
八郷町には60余棟の『茅葺の里』があります。毎年年末に、八郷町の地元の【茅葺屋根保存会】の方々と、とわたしたち【民家再生リサイクル協会】茅刈り隊】、筑波大学生らのボランティアを含むメンバー(200名近く)は【つくば学園都市】にある高分子研究センターでヨシ刈りを行なっています。八郷の茅葺屋根の葺替えに使うための【ヨシ刈り】です。
そして、毎年この4月初旬に、民家再生リサイクル協会では、八郷町、地元【茅葺屋根保存会】の方々と、茅葺古民家で交流会を行い、早春の一日を美しい里山と日本の原風景が残る茅葺集落で過ごしております。戦後のヨーロッパでも、日本と同じように茅葺屋根は激減しましたが、現在は高級住宅地などのステータスシンボルとして使われ人気が高いそうです。・・・
さて、日本の茅葺について。かつての日本の茅葺文化は農村生活と深く結びつき社会活動とのかかわりが欠かせませんでした。筑波一帯は、江戸城の鬼門を守る門前町として栄え、特に筑波山麓では江戸末期からは専門職として【茅葺職人】が成り立ち、地方ごとに特異な形の技術が発達しながら、地域社会と強い関わりを持ってきました。村人は【ユイ・結】を組織し、茅葺を手伝い、古くなった屋根の改修で出た【古茅】は大切にリサイクルしまた、重要な肥料として農地にも還元され、その【マテリアル】自体も自己完結型で地域循環していました。
古民家再生の環境的側面】
日本の産業廃棄物のうち約20%を建設廃棄物が占め、民生部門のエネルギーのうち約45%を住宅が占めると言われる。社会全体の環境負荷の低減を図るには、この住宅建築をいかに環境配慮型に変えていくかが重要な課題です。住宅建材のリサイクル率向上や生活エネルギー使用量減少はどうすれば可能なのか?わたしたちは伝統的な素材、工法に、関わる最先端の知識に触れ、エコロジカルな視点からも民家再生に注力しています。
毎年建っている戸建住宅は約数十万戸で、最新の技術、性能を持ちます。しかし、立て替えればで、産業廃棄物と大量のゴミを発生させます。そして、もうすでに建ってしまっている既存住宅1500万戸はどうすればいいのでしょうか?わたしたちはリモデル、リフォーム(欧米ではリフォームというと歯の矯正の意味も含まれ、一般的にはリモデリング、ホームインプルーブメントと言われています。)を通じて、ゴミ問題も含むエネルギーなどの環境負荷低減をはかってまいります。とりわけ大きな機械装置(製造エネルギーが多大で廃棄時にリサイクルできないものを主に言います)の導入でアクティブな「省エネ」を図る方法よりも、より自然エネルギーをそのままの形で活用するパッシブな「省エネ」デザイン、設計を心がけていこうと考えます。
『ふるさと』というところは、我慢や不自由の多いところですが、その中で人は一生懸命に美的な誇りを探し美しく幸福に生きようとしています。その力こそ今の時代に必要だと『八郷』は、私達に教えようとしています。『町守り』は『町興し』に名を借りた開発行為とは異質のものでしょう。
『町守り』とは文化をその地で、地道に頑なに守り続けること。そこでは、簡単には壊さず大切に長く使う知恵が凝縮されています。作っては壊す、日本の現状の見直しは急務でしょう。
                           
                             NPO日本民家再生リサイクル協会正会員(株)アップル 大竹喜世彦

 ===大切なものを壊さず、使い継ぎ再生させる。福島県会津から古材を入荷しました。===

                      【古材でリモデルしませんか?】 
ビンテージ・リフォームは、そのままの形を出来るだけ長く使い、捨てない文化を取り戻し、究極のエコロジカルの先端をいくコンセプト・リフォー


      
本格的に古民家をほどき、移築するのではなく、もっとライトな感覚で古材を生活の中で活用してみましょう。 たとえば、和室に『囲炉裏』 や庭に『茶室』・古民家風のわたしの 『アトリエ」』などはいかがでしょう。二階の『使わなくなった部屋』を古民家風に設えてもいいでしょう。厳格なエコロジストではなく、もっと気楽にライトに生活を楽しむチルチン人やロハスな人々。…そんなライフスタイルの方々が急増しています。
㈱アップルではそんなロハスな方々を応援中です。
    リフォームアップル自治医大店 大竹喜世彦

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