【日時】平成29年・11月11日(土) |
2017年10月の「北総の小江戸・佐原」の街並みを視察した1か月後の11月に「武蔵野の小江戸・川越」の街並みを視察することとなりました。これには後に触れますが、私が所属していますJMRA日本民家再生協会の「創立20周年・民家フォーラム2017」がここ川越で開催されたことが理由です。また以前にも、私が所属するHICPM住宅生産性研究会主催で「川越の街並み」を2014年4月に行っております。それはこのサイト内の2014年10月号と11月号の2回にわたり取材レポートを掲載しております。江戸時代の川越は江戸の北の守りを担う要衝地でした。新河岸川の舟運が江戸に通じ、商人たちが江戸との商いで大いに財を成した土地柄と言えます。その川越の町を、1893年(明治26年)大火が襲い、川越の町の約三分の一が焼失しております。火災復興において川越商人たちは、すでに江戸で耐火建築として用いられていた伝統的な蔵造りの工法を採用することとなりました。それが現在の川越に残る「蔵造りの町並み」の原型を形成しています。しかしながら、伝統工法を取り入れたとはいえ、明時代に入り東京では煉瓦造りや石造りの建物が主流となり、川越の蔵造りもそうした当時の耐火構造における新技術も柔軟に取り入れた独特のものといえます。「蔵造りの町並み」が残るのは川越市街の中心部やや北方で、西武新宿線本川越駅前を抜ける道路を北に辿った「仲町」交差点から「札の辻」交差点にかけての区画です。その距離は約500メートルほどですが、道路は車両の通行する一般道であり、その両脇に蔵造りの建物が建ち並ぶびます。そのため10月に初訪問した「北総の小江戸・佐原」とは全く違う道路事情と言えます。前回2014年の取材でも私が問題視したのは車が絶えず行きかう幹線道路沿いの「小江戸・川越」の危険と隣り合わせの交通渋滞です。これは根本的に立地の違いではありますが、かなり危険と言えます。しかし、両者の共通点はその風景は「江戸時代の商人町とはこのようなものだった」と思わせてくれるものには違いはありません。そもそも江戸との繋がりの深かった川越商人たちは、火災からの復興に際し江戸の町並みに倣ったであろうことは想像に難くありません。だからこそ「小江戸」の名称で古くから親しまれてきたものと思われます。この川越の蔵造りの町並みも昭和の時代の乱開発により一時は消滅しかけていました。それを地元の「伝統を活かしたまちづくりと街並み委員会」それを裏付ける「町並み規範」が設けられルールに基づいた街並み再生が行われました。その詳しい内容は前回の2014年10月・11月レポートに掲載しております。ここ川越には、現在の東京では見られなくなった風景を今に残す貴重なものとして観光客のリピートが後を絶ちません。一角には1792年(寛政4年)に建てられ、現在では国指定重要文化財となった大沢家住宅なども軒を並べております。この「蔵造りの町並み」はその歴史的価値が認められ、1999年(平成11年)には文化庁による「重要伝統的建造物保存地区」に指定、2007年(平成19年)には古都保存財団による「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されています。
取材:HICPM住宅生産性研究会正会員 ㈱アップル 大竹 喜世彦
【武蔵野の小江戸・川越】
「川越商工会議所」仲町交差点から東へ少し進むと、「大正浪漫夢通り」と名付けられた通りが南へ延びている。その丁字路の交差点の南東の角に、グリーク・リバイバル様式の建物が建っている。元々は武州銀行川越支店として1928年(昭和3年)に建てられたもので、1970年(昭和45年)から川越商工会議所が事務所として使われている。鉄筋コンクリート造の地上2階建て。1階の天井が高く作られているために現在の2階建て建築物よりかなり高い。それほど大きな建物ではないが堂々とした佇まいにはなかなかの存在感がある。国の登録有形文化財。
「川越アートカフェ・Cafe Elevato」
【茶陶苑(亀屋山崎茶店)】JMRA日本民家再生協会主催の「設立20周年・民家フォーラム2017」のメイン会場は、嘉永3年(1850年)に建てられた亀屋山崎茶店の大蔵と前庭。大蔵は川越では珍しい規模の大きな白漆喰仕上げの蔵。今回の記念シンポジウムの目玉は「大林宣彦監督(JMRA日本民家再生協会の現会長)」の基調講演。わたしにとって大林監督とは東京池袋の自由学園で開催された「設立10周年記念」での基調講演からちょうど10年目の再会となった。
画像は、大林宣彦監督より数年前に上映された映画「22才の別れ」のDVDにサインをいただいているシーン。優しさが心の底から込み上げてくるようなそんな監督である。
「時の鐘」は、最初のものは江戸時代初期の寛永年間(1624~1644年)に川越城主酒井忠勝によって建てられたという。以来、火災による焼失と再建とを繰り返し、現在のものは1893年(明治26年)の川越大火の後に再建されたものだ。現在の「時の鐘」は電動の自動鐘撞機に委ねられているが、毎日四回、6時、12時、15時、18時に川越の町に時を報せ、観光客にも喜ばれているという。この鐘の音は1996年(平成8年)に当時の環境庁が選定した「残したい日本の音風景100選」のひとつにもなっている。
「小江戸・蔵里(産業観光館)」明治8年(1875年)に創業した旧鏡山酒造を再生した施設。
埼玉りそな銀行川越支店の建物。もともとは八十五銀行の本館として1918年(大正7年)に建てられたもので、現在は国の登録有形文化財になっている。八十五銀行は1978年(明治11年)に設立された第八十五国立銀行が前身で、1898年(明治31年)に普通銀行となって八十五銀行に改称、1943年(昭和18年)に埼玉県内の銀行三行と合併して埼玉銀行となり、1991年(平成3年)には協和銀行と合併、協和埼玉銀行となり、その後の商号変更を経て現在に至っている。建物は鉄骨鉄筋コンクリート三階建て、堂々とした佇まいで、ドームを頂く塔屋がひときわ目を引く。
今回のJMRA日本民家再生協会「創立20周年記念シンポジウム」の目玉は「大林宣彦監督(JMRA民家再生協会の現会長)」の基調講演であった。わたしにとって大林監督とは東京池袋の自由学園で開催された「設立10周年記念」での基調講演からちょうど10年目の再会となった。下記画像は、その10年前の大林宣彦監督との記念撮影。
下の画像は、10年前の大林宣彦監督と、川越で再会した現在のもの。優しさが心の底から込み上げてくるようなお人柄に全く変わりはなかった。
―マンションのキッチン・リモデリング― 16年のマンションの全面改修の一部 薄暗く、開放感のない元の対面型キッチンをリ・モデリング キッチン台は造作中心のオリジナル 床暖房+LDKは明るく開放的なキッチンに家族が集うようになりました |
【Before】 【施工中】 キッチン台を組み、古材も取付け、LD側のカウンターもインストールして周辺を造作 仕上げ:弊社インテリアコーディネーターが詳細を現場で指示 古材に合わせて周りの造作家具なども自然塗料リボス+京都山中油店の鉱物顔料で着色 左官:カウンター天板、袖壁 天板の左官:クリスタルインレイ使用、蜜蝋で撥水加工 袖壁の左官:スイス漆喰、カルクウォール、エイジング加工 【After】 |
―福島・田島町/I邸・古民家解体(2004年)⇒下野市/T邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2009年)―
【古材を活用したリモデリング例】
―栃木・藤岡町/A邸・古民家解体(2007年) ⇒小山市/S邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2008年)―
静かな農村地帯に昔懐かしい風情を残す「青木邸」は江戸時代には、この土地で栄えていた大規模な農家。現在、旧道沿いに立つこの家の母屋は約100年前のもの。昔は街道の両脇に茅葺屋根の家々が立ち並ぶ日本の原風景を残す土地でもあった。最近はテレビの番組でも多く登場するようになった古民家とはいえ、子供の頃には「暗くて寒くて怖い」場所と思い育ったそうです。お母さんとの2世帯住宅を建てる決意をされたものの、祖先が使い残してくれたこの母屋をただ解体することに寂しさを感じていらした青木さんご夫婦。「まだ、使えるものなら是非、再生に活用て使い続けて下さい」と。まさに「200年住宅」の真髄ではないでしょうか?昔から、捨てずに大切に使い続けてきた構造材。本来、日本では当たり前に行われてきた建築文化です。もちろん、何もせず、200年耐用できるものなど何処にもありません。定期的に修理修繕し、次代を越え愛着を持ちながらメンテナンスし熟成されてきたのです。大切に使い住み続ける社会の実現。これこそがわたしたちの目指す「200年住宅」の意味するところではないでしょうか?青木さん、わたしたちアップルで古材として立派にリモデリングで大切に活用させていただきます。
Before(青木邸)
当時の貫工法(在来工法の原型)や竹小舞の土壁。地場の欅と松の曲がり梁が素晴らしい。
After(再生リモデル完成しました)
増改築前(外観) (和室) (廊下) 改装中:古材をクレーンで搬入
改装中:青木さんの地松の古材梁を2本活用、ドイツ・リボス自然素材塗料で綺麗に蘇る。
改築後(廊下)杉の古材柱を廊下でも活用、手洗いをしつらえ、トイレも増設。内装はスイス本漆喰左官&ドイツ・ウッドチップクロス張り
改築後(寝室)
改築後(和室:1) 内装:ドイツ・ウッドチップクロス (和室:2)内装:愛知・桃山土壁(弁柄壁)
【その他、古材を活用したリモデリング例】 Before⇒After
よくある普通の和室 「古材の柱」で作った「自在ガキ」をぶら下げ、囲炉裏風の設えに。
「古材梁」を4本使っています。
古民家を見て、その素晴らしさに感動する人は多い。その佇まいはわたしたちの五感に訴えるものは非常に多いが、本当の素晴らしさと意味するところは、自然のシステムが無駄なく利用されている先人たちの知恵に気づく点です。民家に蓄積された仕掛け、例えば風を防ぐ工夫、逆に風を導く工夫、高湿から室内を守る工夫、暗さを補う天窓の工夫といった仕掛けは、わたしたちのスローライフな暮らし方を見直すことを教えてくれます。これは過去への回帰を意味するのでなく、未来の住宅のために、伝統技術を見直し、継承し、新しい知恵を加えるということにつながって行きます。 民家の様々な歴史、文化的な背景を知ることは、ものの真の価値を知ることも出来ます。 裏付けのある知識を持つことで「先人たちの知恵」のルーツを知ることが出来ます。 例えば、家族団らんの食事は囲炉裏を囲んで・・・と思われていますが実は、『囲炉裏』は養蚕のための暖房であり、生活に余裕はなく、封建的なスタイルで食事は各自お膳で取っていた・・・。 しかし、現在はそのような封建的な風習はありませんから、『囲炉裏』は家族で仲良くみんで囲めばいい。 このように、民家を知ることは、わたしたちの先人たちの、地域にあった住まい方を正しく知り、その知恵を活用し、さらに長い年月をかけ熟成させていくものではないでしょうか。
江戸時代から、木材を再利用するのは当り前の時代でした。これがいつしか捨てる文化に変わってしまった。究極のエコロジーは、そのままの形で出来るだけ長く使うこと。ビンテージリフォームは、そんな私達の考えが詰まったコンセプト・リフォームです!リフォームアップルで強力に推進中!
古材を多用するビンテージリフォームは、高い志と古来の伝統工法の豊富な見識を習得した古材施工技術士に是非一度ご相談下さい。
日本民家再生リサイクル協会正会員 ㈱アップル・リフォームアップル自治医大店 大竹喜世彦
【茅葺屋根の古民家】
八郷町には60余棟の『茅葺の里』があります。毎年年末に、八郷町の地元の【茅葺屋根保存会】の方々と、とわたしたち【民家再生リサイクル協会】茅刈り隊】、筑波大学生らのボランティアを含むメンバー(200名近く)は【つくば学園都市】にある高分子研究センターでヨシ刈りを行なっています。八郷の茅葺屋根の葺替えに使うための【ヨシ刈り】です。
そして、毎年この4月初旬に、民家再生リサイクル協会では、八郷町、地元【茅葺屋根保存会】の方々と、茅葺古民家で交流会を行い、早春の一日を美しい里山と日本の原風景が残る茅葺集落で過ごしております。戦後のヨーロッパでも、日本と同じように茅葺屋根は激減しましたが、現在は高級住宅地などのステータスシンボルとして使われ人気が高いそうです。・・・
さて、日本の茅葺について。かつての日本の茅葺文化は農村生活と深く結びつき社会活動とのかかわりが欠かせませんでした。筑波一帯は、江戸城の鬼門を守る門前町として栄え、特に筑波山麓では江戸末期からは専門職として【茅葺職人】が成り立ち、地方ごとに特異な形の技術が発達しながら、地域社会と強い関わりを持ってきました。村人は【ユイ・結】を組織し、茅葺を手伝い、古くなった屋根の改修で出た【古茅】は大切にリサイクルしまた、重要な肥料として農地にも還元され、その【マテリアル】自体も自己完結型で地域循環していました。
【古民家再生の環境的側面】
日本の産業廃棄物のうち約20%を建設廃棄物が占め、民生部門のエネルギーのうち約45%を住宅が占めると言われる。社会全体の環境負荷の低減を図るには、この住宅建築をいかに環境配慮型に変えていくかが重要な課題です。住宅建材のリサイクル率向上や生活エネルギー使用量減少はどうすれば可能なのか?わたしたちは伝統的な素材、工法に、関わる最先端の知識に触れ、エコロジカルな視点からも民家再生に注力しています。
毎年建っている戸建住宅は約数十万戸で、最新の技術、性能を持ちます。しかし、立て替えればで、産業廃棄物と大量のゴミを発生させます。そして、もうすでに建ってしまっている既存住宅1500万戸はどうすればいいのでしょうか?わたしたちはリモデル、リフォーム(欧米ではリフォームというと歯の矯正の意味も含まれ、一般的にはリモデリング、ホームインプルーブメントと言われています。)を通じて、ゴミ問題も含むエネルギーなどの環境負荷低減をはかってまいります。とりわけ大きな機械装置(製造エネルギーが多大で廃棄時にリサイクルできないものを主に言います)の導入でアクティブな「省エネ」を図る方法よりも、より自然エネルギーをそのままの形で活用するパッシブな「省エネ」デザイン、設計を心がけていこうと考えます。
『ふるさと』というところは、我慢や不自由の多いところですが、その中で人は一生懸命に美的な誇りを探し美しく幸福に生きようとしています。その力こそ今の時代に必要だと『八郷』は、私達に教えようとしています。『町守り』は『町興し』に名を借りた開発行為とは異質のものでしょう。
『町守り』とは文化をその地で、地道に頑なに守り続けること。そこでは、簡単には壊さず大切に長く使う知恵が凝縮されています。作っては壊す、日本の現状の見直しは急務でしょう。
NPO日本民家再生リサイクル協会正会員(株)アップル 大竹喜世彦
===大切なものを壊さず、使い継ぎ再生させる。福島県会津から古材を入荷しました。=== |
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