【日時】平成30年・7月7日(土) |
長野県軽井沢町六本辻に、故坂倉準三先生作品の一つ「A型住宅」があります。この建物は戦後、故板倉先生が東京都内(千代田区六番町)に加納久朗邸として建設され、後に霜山徳爾先生が、当地軽井沢に移築されたものです。暫らく使われていなかったこの住宅は、他の方の別荘として使われることとなり内装中心の改装が行われました。工事については板倉準三先生門下の建築家北村脩一氏・紀史氏により可能な限り原型の姿を崩さないよう工事されました。坂倉準三設計による「A型住宅」は新たな「軽井沢別荘」として使われることになり、そのお披露目の内覧会にお招きいただくことが出来ました。当日は新たな所有者さまの別荘としてお使いになるためリモデリング設計を担当された設計者ともお会いし設計についていろいろお話を伺うことができました。上野の「西洋美術館」の設計者コルビジュエの意向を受けた日本での設計者坂倉準三は、上野の「西洋美術館」をコルビジュエの設計の考え方でまとめたということで、目下話題の建築家でもありますが、戦前からフランスにわたりコルビジュエのもとで建築に取り組んだといわれるだけに、その設計は「ものづくり」ではな<、欧米の人文科学(ヒューマニティーズ)の思想に立った建築空間という「場」の設計でした。物づくりとしての住宅は、完成時が最も優れていて、あとは減価償却するといわれる住宅です。一方、人文科学としてつくられる住宅は、生活を歴史文化空間としてつくることで、住む人の担っている歴史文化とそのライフステージに対応する生活に合わせていつも満足する生活が営める空間としてつくられる住宅です。住む人の生活に合わせて利用できる「場」としての住宅です。「場」とは環境と言い換えても良いと思います。歴史を重ねた「A型住宅」は、冒頭でお伝えした通り四谷六番町に建てられた加納久朗の2棟の住宅の1棟です。それが、その後石坂泰三の長男夫婦が生活したという住居遍歴を持った住宅です。その加納久朗も石坂泰三も日本を代表する経済界のリーダーで、その方が自分や家族の生活を入れることで豊かな生活が送れたという歴史を持っていることが重要なことです。住む人の生活に合わせてラフステージの変化に合わせて豊かと感じられる生活を営むことのできる「場」が住宅に求められている重要な条件です。このことを考えるためには、坂倉準三の設計の考え方を知る必要があります。当時の経済的環境は厳し<、国民の限られた予算で住宅を建設することが求められていました。それは同じ敗戦国のドイツでも、戦勝国フランスでも、安<て国民が満足できる住宅の設計を国を挙げて取り組んでいました。日本でもコルビジュエの日本での紹介者の建築家、前川昌男、坂倉準三、吉阪隆正は西欧の建築設計の考え方をそれぞれの立場で日本に紹介しています。その中で、坂倉準三のこの「A型住宅」と共通する内容を、前川国男がドイツの乾式工法住宅(トロッケンバウ)を国内に紹介するとともに自らそれを日本で展開しようとしていました。それらの住宅は住宅に合わせて生活をするという考え方とは全く逆に、生活や家族の要求に合わせてフレキシブルに住宅を使いこなすという考え方で住宅は作られ、使われていました。その考え方、すなわち「足に靴を合わせる」考え方が当時の世界の住宅に対する考え方でした。この「A型住宅」に学ぶことは、加納さんや石坂さんの生活について私はほとんど何も知りませんが、このよう立派な社会的なお仕事をされた方が、一般論として、貧しい家庭生活をしたとは考えられません。すなわちこの「A型住宅」にお住まいになって豊かな家庭生活を享受されたと考えていいと思います。次世代に譲っていったこの「A型住宅」は、人々の歴史文化を受け入れる場の空間としての役割があったのだったと考えます。そしてこのような住居に対する考え方こそ人文科学(ヒューマニテイ)としての「家づくり」が欧米の一般的な住居の考え方と言えます。坂倉準三は、西欧のこの考え方をコルビジュエの下で当たり前の設計論として学び、それをこの住宅で実践したとものと思います。
取材:HICPM住宅生産性研究会正会員 ㈱アップル 大竹 喜世彦
【旧加納邸・「A型住宅」/1950年・坂倉準三設計】
―マンションのキッチン・リモデリング― 16年のマンションの全面改修の一部 薄暗く、開放感のない元の対面型キッチンをリ・モデリング キッチン台は造作中心のオリジナル 床暖房+LDKは明るく開放的なキッチンに家族が集うようになりました |
【Before】 【施工中】 キッチン台を組み、古材も取付け、LD側のカウンターもインストールして周辺を造作 仕上げ:弊社インテリアコーディネーターが詳細を現場で指示 古材に合わせて周りの造作家具なども自然塗料リボス+京都山中油店の鉱物顔料で着色 左官:カウンター天板、袖壁 天板の左官:クリスタルインレイ使用、蜜蝋で撥水加工 袖壁の左官:スイス漆喰、カルクウォール、エイジング加工 【After】 |
―福島・田島町/I邸・古民家解体(2004年)⇒下野市/T邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2009年)―
【古材を活用したリモデリング例】
―栃木・藤岡町/A邸・古民家解体(2007年) ⇒小山市/S邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2008年)―
静かな農村地帯に昔懐かしい風情を残す「青木邸」は江戸時代には、この土地で栄えていた大規模な農家。現在、旧道沿いに立つこの家の母屋は約100年前のもの。昔は街道の両脇に茅葺屋根の家々が立ち並ぶ日本の原風景を残す土地でもあった。最近はテレビの番組でも多く登場するようになった古民家とはいえ、子供の頃には「暗くて寒くて怖い」場所と思い育ったそうです。お母さんとの2世帯住宅を建てる決意をされたものの、祖先が使い残してくれたこの母屋をただ解体することに寂しさを感じていらした青木さんご夫婦。「まだ、使えるものなら是非、再生に活用て使い続けて下さい」と。まさに「200年住宅」の真髄ではないでしょうか?昔から、捨てずに大切に使い続けてきた構造材。本来、日本では当たり前に行われてきた建築文化です。もちろん、何もせず、200年耐用できるものなど何処にもありません。定期的に修理修繕し、次代を越え愛着を持ちながらメンテナンスし熟成されてきたのです。大切に使い住み続ける社会の実現。これこそがわたしたちの目指す「200年住宅」の意味するところではないでしょうか?青木さん、わたしたちアップルで古材として立派にリモデリングで大切に活用させていただきます。
Before(青木邸)
当時の貫工法(在来工法の原型)や竹小舞の土壁。地場の欅と松の曲がり梁が素晴らしい。
After(再生リモデル完成しました)
増改築前(外観) (和室) (廊下) 改装中:古材をクレーンで搬入
改装中:青木さんの地松の古材梁を2本活用、ドイツ・リボス自然素材塗料で綺麗に蘇る。
改築後(廊下)杉の古材柱を廊下でも活用、手洗いをしつらえ、トイレも増設。内装はスイス本漆喰左官&ドイツ・ウッドチップクロス張り
改築後(寝室)
改築後(和室:1) 内装:ドイツ・ウッドチップクロス (和室:2)内装:愛知・桃山土壁(弁柄壁)
【その他、古材を活用したリモデリング例】 Before⇒After
よくある普通の和室 「古材の柱」で作った「自在ガキ」をぶら下げ、囲炉裏風の設えに。
「古材梁」を4本使っています。
古民家を見て、その素晴らしさに感動する人は多い。その佇まいはわたしたちの五感に訴えるものは非常に多いが、本当の素晴らしさと意味するところは、自然のシステムが無駄なく利用されている先人たちの知恵に気づく点です。民家に蓄積された仕掛け、例えば風を防ぐ工夫、逆に風を導く工夫、高湿から室内を守る工夫、暗さを補う天窓の工夫といった仕掛けは、わたしたちのスローライフな暮らし方を見直すことを教えてくれます。これは過去への回帰を意味するのでなく、未来の住宅のために、伝統技術を見直し、継承し、新しい知恵を加えるということにつながって行きます。 民家の様々な歴史、文化的な背景を知ることは、ものの真の価値を知ることも出来ます。 裏付けのある知識を持つことで「先人たちの知恵」のルーツを知ることが出来ます。 例えば、家族団らんの食事は囲炉裏を囲んで・・・と思われていますが実は、『囲炉裏』は養蚕のための暖房であり、生活に余裕はなく、封建的なスタイルで食事は各自お膳で取っていた・・・。 しかし、現在はそのような封建的な風習はありませんから、『囲炉裏』は家族で仲良くみんで囲めばいい。 このように、民家を知ることは、わたしたちの先人たちの、地域にあった住まい方を正しく知り、その知恵を活用し、さらに長い年月をかけ熟成させていくものではないでしょうか。
江戸時代から、木材を再利用するのは当り前の時代でした。これがいつしか捨てる文化に変わってしまった。究極のエコロジーは、そのままの形で出来るだけ長く使うこと。ビンテージリフォームは、そんな私達の考えが詰まったコンセプト・リフォームです!リフォームアップルで強力に推進中!
古材を多用するビンテージリフォームは、高い志と古来の伝統工法の豊富な見識を習得した古材施工技術士に是非一度ご相談下さい。
日本民家再生リサイクル協会正会員 ㈱アップル・リフォームアップル自治医大店 大竹喜世彦
【茅葺屋根の古民家】
八郷町には60余棟の『茅葺の里』があります。毎年年末に、八郷町の地元の【茅葺屋根保存会】の方々と、とわたしたち【民家再生リサイクル協会】茅刈り隊】、筑波大学生らのボランティアを含むメンバー(200名近く)は【つくば学園都市】にある高分子研究センターでヨシ刈りを行なっています。八郷の茅葺屋根の葺替えに使うための【ヨシ刈り】です。
そして、毎年この4月初旬に、民家再生リサイクル協会では、八郷町、地元【茅葺屋根保存会】の方々と、茅葺古民家で交流会を行い、早春の一日を美しい里山と日本の原風景が残る茅葺集落で過ごしております。戦後のヨーロッパでも、日本と同じように茅葺屋根は激減しましたが、現在は高級住宅地などのステータスシンボルとして使われ人気が高いそうです。・・・
さて、日本の茅葺について。かつての日本の茅葺文化は農村生活と深く結びつき社会活動とのかかわりが欠かせませんでした。筑波一帯は、江戸城の鬼門を守る門前町として栄え、特に筑波山麓では江戸末期からは専門職として【茅葺職人】が成り立ち、地方ごとに特異な形の技術が発達しながら、地域社会と強い関わりを持ってきました。村人は【ユイ・結】を組織し、茅葺を手伝い、古くなった屋根の改修で出た【古茅】は大切にリサイクルしまた、重要な肥料として農地にも還元され、その【マテリアル】自体も自己完結型で地域循環していました。
【古民家再生の環境的側面】
日本の産業廃棄物のうち約20%を建設廃棄物が占め、民生部門のエネルギーのうち約45%を住宅が占めると言われる。社会全体の環境負荷の低減を図るには、この住宅建築をいかに環境配慮型に変えていくかが重要な課題です。住宅建材のリサイクル率向上や生活エネルギー使用量減少はどうすれば可能なのか?わたしたちは伝統的な素材、工法に、関わる最先端の知識に触れ、エコロジカルな視点からも民家再生に注力しています。
毎年建っている戸建住宅は約数十万戸で、最新の技術、性能を持ちます。しかし、立て替えればで、産業廃棄物と大量のゴミを発生させます。そして、もうすでに建ってしまっている既存住宅1500万戸はどうすればいいのでしょうか?わたしたちはリモデル、リフォーム(欧米ではリフォームというと歯の矯正の意味も含まれ、一般的にはリモデリング、ホームインプルーブメントと言われています。)を通じて、ゴミ問題も含むエネルギーなどの環境負荷低減をはかってまいります。とりわけ大きな機械装置(製造エネルギーが多大で廃棄時にリサイクルできないものを主に言います)の導入でアクティブな「省エネ」を図る方法よりも、より自然エネルギーをそのままの形で活用するパッシブな「省エネ」デザイン、設計を心がけていこうと考えます。
『ふるさと』というところは、我慢や不自由の多いところですが、その中で人は一生懸命に美的な誇りを探し美しく幸福に生きようとしています。その力こそ今の時代に必要だと『八郷』は、私達に教えようとしています。『町守り』は『町興し』に名を借りた開発行為とは異質のものでしょう。
『町守り』とは文化をその地で、地道に頑なに守り続けること。そこでは、簡単には壊さず大切に長く使う知恵が凝縮されています。作っては壊す、日本の現状の見直しは急務でしょう。
NPO日本民家再生リサイクル協会正会員(株)アップル 大竹喜世彦
===大切なものを壊さず、使い継ぎ再生させる。福島県会津から古材を入荷しました。=== |
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