上野・池之端/日本の近代建築史に残る洋館・旧岩崎邸

【日時】平成19年1月17日(水)

               「三菱創始者・旧岩崎邸」/昭和36年重要文化財指定
                           平成13年東京都所管公開
/洋館・撞球室・和館


東京は上野池之端と湯島の一角の広大な敷地にたたずむ旧岩崎邸。この界隈は私が中学時代に過ごした思い出深い場所でもあります。東京大学と湯島天神の中間地点で、そう夏目漱石ゆかりの場所でもあり、あの有名な「無縁坂」も、岩崎邸に接しています。私の過ごした文京区立第4中学校は、この岩崎邸を少し西側に登った東大龍岡門のところに建っていましたが数年前に閉鎖となりました。・・・
明治29年東京下谷区茅町。日本の建築史に残る洋館が建ちました。三菱創始者・岩崎邸本邸がそれである。設計は英国人建築家ジョサイア・コンドル・・・。近代建築の夜明けとともに、新しい日本の建築文化がここから始まりました。
   
入口を入ると敷地の内塀には「三菱」のシンボルの原型が現れるこの内塀の反対の外塀側が無縁坂に接する。

洋館:ジョサイア・コンドルの設計により、明治29年(1896)年に完成しました。完成当時の岩崎邸は、15、000坪の敷地に20棟以上の建物があった。現存する3棟のうちの1棟が、木造2階建・地下室付きの洋館で明治期の上層階級の邸宅を代表する西洋木造建築です。17世紀の英国ジャコビアン様式が基調でルネッサンスやイスラム風のモティーフが採り入れられています。洋館南側は列柱の並ぶベランダで、1階がトスカナ式、2階がイオニア式の列柱が特徴で、米国ペンシルヴェニアのカントリーハウス調のイメージも採り入れています。
   
旧岩崎邸で蘇った金唐革紙『金唐革紙』とは、江戸時代にオランダから入ってきた皮革工芸品を真似て、和紙で作られたものである。欧米では皮革工芸品を『金唐革』と呼び、宮殿、市庁舎など室内を飾る高値な壁装材であった。横様を彫った型を皮革に重ね合わせてプレスし、金属箔を全面に張り、塗料を塗った大変豪華なものである。鎖国時代に輸入された金唐革は日本では手箱や刀の柄、鞍、煙草入れなどに使われ、珍重されたものである。明治期の日本で大蔵省印刷局が中心に製造し輸出された金唐草紙はウィーン万国博覧会、パリ万国博覧会で好評を博し、欧米の建築物を彩った。日本では明治の洋風建築に幾つか見られ、明治29年東京下谷区茅町にジョサイヤ・コンドルの設計により建てられた、三菱創設者・岩崎家本邸のココ、2階客室2部屋に、現在この金唐革紙が貼られている。
  当時壁紙として実際に使われていた金唐革紙   「栞」としてリユースされ、1000円で購入できる。
            
 禅寺の「火燈窓」がモチーフのドア上の装飾。 ルネッサンスの象徴「ステンドグラス。       110年前の照明。               トイレも水洗であった。


庭園:江戸期に越後高田藩・榊原氏、及び明治初期は旧舞鶴藩・牧野氏などの屋敷であった岩崎邸の庭は、大名庭園の形式を一部踏襲していました。 本邸建築時に広大な庭に芝を張り、庭石・灯籠・築山が設けられました。建築様式同様に和洋併置式とされ、「芝庭」をもつ近代庭園の初期の形を残しています。往時をしのぷ庭の様子は江戸時代の石碑、広間前の手水鉢や庭石、モッコクの大木などに見ることもできます。この和洋併i置式の邸宅形式は、その後の日本の邸宅建築に大きな影響を与えました。
    
 ベランダ:イスラム調のタイルが敷き詰められている。敷地の向こうに見える湯島ハイツ、その右に湯島天神がある。
  このタイルは、有名な英国ミントンのもので目地付きの張物ではなく、厚みのある石材を敷き詰めている。


和館・撞球場:洋館と結合された和館は、書院造りを基調にしています。完成当時は建坪550坪に及び、洋館を遥かにしのぐ規模を誇っていました。施工は大工棟梁として、政財界の大立者たちの屋敷を数多く手がけた大河喜十郎と伝えられています。玄関近くに構えた書院造りの広間には、明治を代表する日本画家・橋本雅邦作といわれる障壁画か残っています。広間奥に設けられた岩崎家の居住空間は、南北に分けられ、南に主入と夫入部屋、子供部屋などが置かれました。
    
 和館:三菱の財を成した造船をモチーフに和館廊下の船底天井に現す。
 撞球場(ビリヤード室):洋館テラスからの撞球場。洋館から地下道で繋がる撞球場、スイスの山小屋風のデザインという。


三菱資料館:旧岩崎邸に隣接の西側「三菱資料館」では、岩崎彌太郎以来の三菱の歴史を見れる。
   千代田線湯島駅すぐ


            ―「旧岩崎邸」と「三井倶楽部」同じ建築家の建物を比較―

かつての、日本を代表する「三菱」「三井」「住友」の3大財閥。当時の様子は明治から大正初期の建築物からもその繁栄を今に知ることが出来ます。「旧岩崎邸」と「三井倶楽部」は、同じ英国人の建築家Jコンドルの設計でもあり東京都内で今も見ることができます。ただし、三菱・岩崎邸は東京都の所管で、三井・三井倶楽部は現役でレストランや宴会施設として社交の場を現在も展開中ですが・・・いろいろな見方で、両者を見ると当時の文化や時代背景が面白く、歴史を感じる事も出来るのではないでしょうか。
今回の「明治の近代建築の夜明け」歴史的建造物・旧岩崎邸は「歴史と文化を知る」大変有意義で充実した温故知新な見学となりました。
    三井倶楽部:東京田町

                       明治大正昭和初期の洋風建築 東京の古い洋館資料

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