【日時】平成20年12月17日(水) |
@大阪くらしの今昔館 A重要文化財旧小西家住宅 B道頓堀極楽商店街(番外編) |
@【大阪くらしの今昔館】
江戸時代天保年間の大阪の街並みを実物大で再現したしたこの今昔館。風呂屋、本屋、薬屋などの立ち並ぶ大通りや、裏長屋の風情も忠実に再現しており、人間国宝桂米朝さんの語りで自由に散策できます。季節ごとのしつらえや、イベントも開催され、近代のフロアでは明治・大正・昭和の大阪のくらしを模型で展示しています。
住所:〒530-0041 大阪府大阪市北区天神橋6-4-20 住まい情報センター8階 06-6242-1170 大阪くらしの今昔館
戦前(昭和初期)の大阪の街並み(パノラマ) 江戸時代の大坂の街並みは瓦屋根が多い。当時の江戸が板屋根が多かったのと対照的である。
1830年代の大坂の北船場の町並みを再現している。京都や奈良が戦火を逃れたのと対照的に大坂は戦災で跡形も残らなかったために貴重な町家が再現されている。
天下の台所、町人の町には8万戸もの町家が軒を列ねていた。商売が盛んな大坂の店の間は特に大切な空間、京都は並みの商品を少し並べたが大坂はありったけの品物を店に広げ表を飾るので町全体が大変繁盛しているように見えたと言う。この演出する伝統は今の大阪商法にも受け継がれている。ひときわ高い火の見櫓が目を引く。
左の薬屋の下屋は?葺き屋根&赤物(銅板)の雨どい。大阪市ボランティアの方のリアルな案内が大変印象的。 人形屋の店先、暖簾、ばったり床机。
ばったり床机に一杯の商品を並べた。入口框は荷物を運ぶときに車輪が通るように取り外せた。いわゆるバリアフリー。店の奥に座敷がある。
表の店先から中、奥に入る土間の通路、吹き抜けには台所の竈がある。大坂の町家では白米が豊富であり一日五合(男性)三合(女性)を食したが、おかずは少なかった。竈は日に一度だけ炊く習慣があり江戸は朝一番に、大坂では昼に炊く習慣の違いがあった。一番奥に御不浄(トイレ)があり農地の肥料に再利用された。表通りの商家〜裏手の長屋に入る。
屋根の上に物干し。庶民はこのような狭く小さなくらしを営んでいた。貸家の長屋は9尺X2間の何もない板の間に、自身で畳を運び建具、竈を据付け生活がスタートした。
A【大阪船場の生き商人・重要文化財旧小西家住宅】
小西儀助商店(現 コニシ株式会社)
竣工年: 明治36年(1903)
設計施工:
不詳
間口10間、奥行き22間、表屋造りの巨大な町家建築。
規模が大きく、都心のビジネス街にあり、近代西洋様式建築の本によく登場するせいか、何の施設なのか理解されていないことがある。しかしこれは空襲を免れた京都や奈良の都心に残る大部分の町家と同じ、近代に入って日本古来の伝統工法で造られ、店舗と主家住居が一体となった純然たる町家建築である。近世以来、戦災で焼け野原になるまで大阪都心部一帯がこの様な町家建築や木造長屋で埋め尽くされていた。鉄筋コンクリートのモダニズムビルが大阪における都市建築の主流を占めるのは戦後せいぜい半世紀のことに過ぎない。建物の材木は厳選され3年がかりで建築された。堺筋拡張の際一部が軒切りとなり、関東大震災後に店舗棟後方の居住棟に付属した3階望楼が耐震上の理由で大阪・放出(はなてん)へ移築され(これも現存するらしい)現在の外観となった。
本二階建ての店舗棟や3階望楼、レンガ製のへっついさん(かまど)、威圧的な高い階高のファサードに近代町家建築の特色がみられる。また畿内では近代以降に多用された、耐火仕様の土蔵造り工法が用いられている。土蔵造り工法発祥の地、関東における商家建築の外観は、巨大な鬼瓦や箱棟、観音開扉などの絢爛豪華な装飾で飾り立てられていた。しかし小西儀助商店ではそうした関東風の装飾は余り見られない。むしろ表屋造りで白漆喰塗りの正面、店舗棟一階を突出させない「大阪建」と呼ばれた造作など、凹凸の少ない豆腐を切った様な京阪町家建築の外観をよく備えている。 また内部意匠は商家の分限を守った簡素なもので、近世町家の適塾同様、繊細な数奇屋風の意匠が多く取り入れられている。
全体として近世大阪豪商町家建築の伝統に忠実なつくりとなっている。大阪市立の博物館、大阪くらしの今昔館では近世後期の大阪市中の町家を再現する際、小西儀助商店を参考資料のひとつとしている。
<小西儀助商店>
小西儀助商店は江戸末期、京都の初代小西儀助が薬種流通の中心、大阪道修町で創業した薬種商(薬問屋)。明治後期にはすでに有力な薬種商に成長し、薬業の神様として有名な少彦名神社再建の際には塩野義三郎、上村長兵衛とともに総代となっている。生薬刻みから洋酒、化学製品へと業容を広げ、戦後接着剤メーカー、コニシ株式会社に発展した。
小西儀助商店の元丁稚、鳥井信治郎はサントリーを創業している。また「アサヒビール」を最初に作ったのは小西儀助商店なのだが、まずくて売れず商標を手放してしまった。
<現状>
堺筋に面した一等地にある巨大物件ゆえにピーク時には数千万円もの税金がかかったという厄介な代物であった。取り壊して高層ビルにする計画や、サントリーが工場のある大阪府三島郡山崎へ移築する話もあったらしい。しかし所有者の判断により現地保存という理想的な形で残った。 近世から近代にかけて日本の金融、流通の中心として君臨し、数々の文学作品の舞台ともなった大阪船場の豪商町家建築がこの地に残った意義は大きい。 そして2001年、明治後期築の町家建築としては異例の国の重要文化財に指定され、永久に保存されることとなった。
地下鉄北浜駅の5番階段を上がるとすぐに見える潟Rニシの建物。現在は不動産部が公開し管理しており自由に中に入り見学ができる。
その他の大阪レトロ〜明治建築
B【道頓堀極樂商店街(番外編)】
もっと、大阪の町家を気楽に楽しみたいのにうってつけの場所、それが道頓堀極樂商店街。ここは2004年7月に浪花座の跡地に建てられた、サミー戎プラザ5〜7階にあるフードテーマパークである。たこ焼きやお好み焼きといった大阪名物が味わえる”食”、館内で連日上演されるミュージカルや伝統芸能などの”エンターテイメント”、そして住人であるスタッフが気軽にお客様に大阪弁で話しかけたり、ゲームなどで一緒に盛り上がったりする”人情”。これら大阪の魅力がてんこ盛りとなった国内最大級のフードテーマパークが道頓堀極樂商店街。
大阪なんばの新名所【道頓堀極楽商店街】は道頓堀に入りすぐの目立つビルにある。
これが昭和初期の大阪の繁華街?賛否両論はあるかもしれないが、大変リアルなものだ。看板や照明、建物のエージング技術を学ぶのにはうってつけかも・・・
フロア(約900坪)から構成される館内は、大正末期から昭和初期の「大大坂」と呼ばれた頃の、古き良き大阪の街並を再現。レトロな街中には、約40店舗の個性豊かな店が軒を連ねています。館内には洗濯物が干されていたり、タンポポが咲いていたりと、随所に大正末期と昭和初期の町並みが演出され、懐かしくもあり新鮮である「大大坂」の街を満喫できる。
取材:日本民家再生リサイクル協会正会員 潟Aップル・リフォームアップル自治医大店 高村文枝
【古民家再生の環境的側面】
日本の産業廃棄物のうち約20%を建設廃棄物が占め、民生部門のエネルギーのうち約45%を住宅が占めると言われる。社会全体の環境負荷の低減を図るには、この住宅建築をいかに環境配慮型に変えていくかが重要な課題です。住宅建材のリサイクル率向上や生活エネルギー使用量減少はどうすれば可能なのか?わたしたちは伝統的な素材、工法に、関わる最先端の知識に触れ、エコロジカルな視点からも民家再生に注力しています。
毎年建っている戸建住宅は約数十万戸で、最新の技術、性能を持ちます。しかし、立て替えればで、産業廃棄物と大量のゴミを発生させます。そして、もうすでに建ってしまっている既存住宅1500万戸はどうすればいいのでしょうか?わたしたちはリモデル、リフォーム(欧米ではリフォームというと歯の矯正の意味も含まれ、一般的にはリモデリング、ホームインプルーブメントと言われています。)を通じて、ゴミ問題も含むエネルギーなどの環境負荷低減をはかってまいります。とりわけ大きな機械装置(製造エネルギーが多大で廃棄時にリサイクルできないものを主に言います)の導入でアクティブな「省エネ」を図る方法よりも、より自然エネルギーをそのままの形で活用するパッシブな「省エネ」デザイン、設計を心がけていこうと考えます。
『ふるさと』というところは、我慢や不自由の多いところですが、その中で人は一生懸命に美的な誇りを探し美しく幸福に生きようとしています。その力こそ今の時代に必要だと『八郷』は、私達に教えようとしています。『町守り』は『町興し』に名を借りた開発行為とは異質のものでしょう。
『町守り』とは文化をその地で、地道に頑なに守り続けること。そこでは、簡単には壊さず大切に長く使う知恵が凝縮されています。作っては壊す、日本の現状の見直しは急務でしょう。
NPO日本民家再生リサイクル協会正会員(株)アップル 大竹清彦
―栃木・藤岡町/青木邸・古民家解体(2007.11月) ⇒小山市/塩田邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2008.7月)―
静かな農村地帯に昔懐かしい風情を残す「青木邸」は江戸時代には、この土地で栄えていた大規模な農家。現在、旧道沿いに立つこの家の母屋は約100年前のもの。昔は街道の両脇に茅葺屋根の家々が立ち並ぶ日本の原風景を残す土地でもあった。最近はテレビの番組でも多く登場するようになった古民家とはいえ、子供の頃には「暗くて寒くて怖い」場所と思い育ったそうです。お母さんとの2世帯住宅を建てる決意をされたものの、祖先が使い残してくれたこの母屋をただ解体することに寂しさを感じていらした青木さんご夫婦。「まだ、使えるものなら是非、再生に活用て使い続けて下さい」と。まさに「200年住宅」の真髄ではないでしょうか?昔から、捨てずに大切に使い続けてきた構造材。本来、日本では当たり前に行われてきた建築文化です。もちろん、何もせず、200年耐用できるものなど何処にもありません。定期的に修理修繕し、次代を越え愛着を持ちながらメンテナンスし熟成されてきたのです。大切に使い住み続ける社会の実現。これこそがわたしたちの目指す「200年住宅」の意味するところではないでしょうか?青木さん、わたしたちアップルで古材として立派にリモデリングで大切に活用させていただきます。
Before(青木邸)
当時の貫工法(在来工法の原型)や竹小舞の土壁。地場の欅と松の曲がり梁が素晴らしい。
After(再生リモデル完成しました・塩田邸)
増改築前(外観) (和室) (廊下) 改装中:古材をクレーンで搬入
改装中:青木さんの地松の古材梁を2本活用、ドイツ・リボス自然素材塗料で綺麗に蘇る。
改築後(廊下)杉の古材柱を廊下でも活用、手洗いをしつらえ、トイレも増設。内装はスイス本漆喰左官&ドイツ・ウッドチップクロス張り
改築後(寝室)
改築後(和室:1) 内装:ドイツ・ウッドチップクロス (和室:2)内装:愛知・桃山土壁(弁柄壁)
その他の古材活用リモデリング例 Before⇒After
よくある普通の和室 「古材の柱」で作った「自在ガキ」をぶら下げ、囲炉裏風の設えに。
「古材梁」を4本使っています。
古民家を見て、その素晴らしさに感動する人は多い。その佇まいはわたしたちの五感に訴えるものは非常に多いが、本当の素晴らしさと意味するところは、自然のシステムが無駄なく利用されている先人たちの知恵に気づく点です。民家に蓄積された仕掛け、例えば風を防ぐ工夫、逆に風を導く工夫、高湿から室内を守る工夫、暗さを補う天窓の工夫といった仕掛けは、わたしたちのスローライフな暮らし方を見直すことを教えてくれます。これは過去への回帰を意味するのでなく、未来の住宅のために、伝統技術を見直し、継承し、新しい知恵を加えるということにつながって行きます。 民家の様々な歴史、文化的な背景を知ることは、ものの真の価値を知ることも出来ます。 裏付けのある知識を持つことで「先人たちの知恵」のルーツを知ることが出来ます。 例えば、家族団らんの食事は囲炉裏を囲んで・・・と思われていますが実は、『囲炉裏』は養蚕のための暖房であり、生活に余裕はなく、封建的なスタイルで食事は各自お膳で取っていた・・・。 しかし、現在はそのような封建的な風習はありませんから、『囲炉裏』は家族で仲良くみんで囲めばいい。 このように、民家を知ることは、わたしたちの先人たちの、地域にあった住まい方を正しく知り、その知恵を活用し、さらに長い年月をかけ熟成させていくものではないでしょうか。
「エコの先端をいく文化を取り戻す」ビンテージリフォーム
江戸時代から、木材を再利用するのは当り前の時代でした。これがいつしか捨てる文化に変わってしまった。究極のエコロジーは、そのままの形で出来るだけ長く使うこと。ビンテージリフォームは、そんな私達の考えが詰まったコンセプト・リフォームです!リフォームアップルで強力に推進中!
古材を多用するビンテージリフォームは、高い志と古来の伝統工法の豊富な見識を習得した古材施工技術士に是非一度ご相談下さい。
===大切なものを壊さず、使い継ぎ再生させる。福島県会津から古材を入荷しました。=== |
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