【日時】平成21年3月14日(土) |
石岡市/旧八郷町【茅葺屋根の民家】視察
参加及び取材:日本民家再生リサイクル協会正会員 潟Aップル 大竹清彦
今年も、わたしたち日本民家再生リサイクル協会のメンバーは折からの雨にもかかわらず、約50名が茨城県フラワーパークに集合いたしました。茨城県・旧八郷町(石岡市)の地元【茅葺屋根保存会】の皆さんとの交流会と現存する茅葺民家を視察するためです。筑波山の麓に広がるこの八郷地区には筑波流と呼ばれる独特の茅葺屋根を持つ民家が60余棟も残り、美しい里山の風景の中に点在しています。地元【茅葺屋根保存会】と毎年開催している交流会も今年で5回目。年々参加者が増えてきており関心の高さを感じます。民家の見所、歴史などを伺いながら茅葺を巡って早春の八郷をのんびりと歩いてまいりました。車窓からでは見ることができない春の訪れを告げる草花や芽吹きや小川のせせらぎなども発見できました。
八郷の中でも茅葺民家が多く点在する木幡地区上青柳の田畑。江戸から戦後まで豊かな耕作地として栄えてきた八郷には、筑波山麓の豊富な地下水と芳醇な土壌がもたらす自然環境が背景にありました。地形と勾配を利用した田畑が広がる豊かな土地は、散策してもわかる状況です。
【茅葺民家見学・T】木崎眞邸−木幡区上青柳
右の建築:主屋、江戸期 規模:8X5間 キリトビ:寿・鶴亀 茅:ススキ
左の建築:書院、江戸期 規模:4.5X4間 キリトビ:水・寿 茅:ススキ
江戸期に始まる木崎家は最も地位の高かった集落長の屋敷。屋敷林に囲まれたこの地区を代表する茅葺民家です。木崎家当主で茅葺屋根保存会会長の木崎氏から歴史的背景をうかがいました。写真右から木崎会長、中央は里山建築研究会の上野女史、左は保存会でフリーライターの新田氏。
鮮やかな青の饅絵の施された長屋門をくぐると、正面が主屋。現在左側の茅葺屋根を補修中です。左の書院は隠居屋敷として使われていますが屋根は主屋根よりも一段低く、江戸時代の当時の特徴でもあります。2棟とも江戸時代より改修とメンテナンスを繰り返し現状を維持しています。
補修中の茅葺屋根です。あいにくの雨天で予定されていた茅葺職人の話は中止となりました。
【主屋】の茅葺は筑波流と呼ばれる7層構造。白い部分は家の中から見えるところですが、稲藁で白っぽく、柔らかく感じ、また地元で最もよく採れた茅葺材です。
奥に見える【書院】の茅葺屋根の棟をグシと呼びますが、棟を【竹簾巻き】にして、両端を切り取る【キリトビ】とし、寿・水の文字が刻まれています。
【茅葺民家見学・U】木崎邸別邸−木幡区上青柳
昼食会場となった木崎氏の親戚のお宅。屋根グシには卍のしるしが刻まれています。
主屋の屋根グシ中央には【煙出し】が見えます。軒裏から筑波流の7層の茅葺屋根が確認できます。お昼は地元地産地消の手づくり弁当をいただきました。
昼食後は地元保存会の方々との親睦会が行われました。左は里山建築研究会の上野女史。右は保存会の新田氏。横浜市から八郷町に茅葺民家を購入され、自らも茅葺屋根を補修した経験をお持ちのフリーライター。その後、古民家研究の第一人者の筑波大学安藤教授らとともにつくば学園都市内の高分子研究センターでの茅刈りを推進してきた方です。
上野さん談:八郷の残存民家は主屋62棟、書院8棟、長屋門13棟、その他12棟で、それらのを葺く職人を【筑波茅手】と呼んで、技法が高度なのが特徴です。【筑波流】と呼ばれる技法の特徴は【グシ】という屋根の棟を【竹簾】で巻き両端を切り落とした【カマボコ型】の【キリトビ】です。切り落とした両端に松竹梅、寿、水、龍などの彫り物を施すのが特徴です。
現在の問題点は大きく下記の2点があります。
新田さん談:
@【専業職人の高齢化】 80代の職人と70過ぎの職人を残すのみとなり、武蔵野美術大卒の若者が今春、弟子入りすることが決まったものの後継者の問題が今後も続きます。また、茅葺の仕事は茅刈りも葺き替えも真冬の仕事であり、夏には行いません。昔は夏に農耕を、何もない冬に茅葺を行う農家の循環がありましたが、現在の生活において専業として茅葺職人の仕事が通年絶え間なくということが大変難しい点が上げられます。民家を維持するには普通の人たちの手が必要で、外部から高価な専門職人を雇う高価な【文化財保存活動】とは性質が違います。また、現在住宅のようなメンテナンスフリーではなく、財力がある一部の人々がメンテナンス、修理を繰り返しながら、残して来れたものという認識が必要です。
A【材料の問題】 茅葺には古い茅を保存して使うことが難しいため、常に新しい茅を毎年刈り取る必要があります。昔は地場に必ず【茅場】があり、地元のユイの共同作業で刈り取りが行われましたが、現在は途絶えております。筑波学園都市の【高分子研究センター】のススキ原でボランティア中心に刈り込みを行っていますが、筑波大学安藤教授の尽力が大きかった。今後もこのような形を継続していけるのかと言う不安がある。
かつての【囲炉裏】の煙を排出していたなごり。この煙出しは現在は使われていません。保存会の皆さんとJMRAメンバーとの記念撮影。
【茅葺民家見学・V】高橋久邸−木幡区上青柳
手前の建築:長屋門、江戸期 キリトビ:龍 茅:ススキ
奥の建築:主屋及び書院(左側)、江戸期 規模:13.5間X4間 キリトビ:菊水 茅:ススキ
高橋邸は長屋門を2年前に補修し、白い漆喰壁と焼杉の板塀のコントラストが非常に綺麗でした。
道が敷地よりも高く、長屋門から中をのぞむと茅葺の家並みが上からのぞめる独特の風景が美しい高橋邸。茅葺の主屋は軒の低さ、手斧仕上げの柱の多用から極めて古い建築物で、正面に格式ある式台玄関をもつ貴重な建物です。建築年数が古く改修、メンテナンスが繰り返されて現在の主屋、書院一体となった間口13.5間の堂々たる屋敷構えです。
【筑波流の屋根グシと茅葺屋根】
参加及び取材:日本民家再生リサイクル協会正会員 潟Aップル・リフォームアップル自治医大店 大竹清彦
【茅葺屋根の古民家】
八郷町には60余棟の『茅葺の里』があります。毎年年末に、八郷町の地元の【茅葺屋根保存会】の方々と、とわたしたち【民家再生リサイクル協会】茅刈り隊】、筑波大学生らのボランティアを含むメンバー(200名近く)は【つくば学園都市】にある高分子研究センターでヨシ刈りを行なっています。八郷の茅葺屋根の葺替えに使うための【ヨシ刈り】です。
そして、毎年この4月初旬に、民家再生リサイクル協会では、八郷町、地元【茅葺屋根保存会】の方々と、茅葺古民家で交流会を行い、早春の一日を美しい里山と日本の原風景が残る茅葺集落で過ごしております。
戦後のヨーロッパでも、日本と同じように茅葺屋根は激減しましたが、現在は高級住宅地などのステータスシンボルとして使われ人気が高いそうです。・・・
さて、日本の茅葺について。かつての日本の茅葺文化は農村生活と深く結びつき社会活動とのかかわりが欠かせませんでした。筑波一帯は、江戸城の鬼門を守る門前町として栄え、特に筑波山麓では江戸末期からは専門職として【茅葺職人】が成り立ち、地方ごとに特異な形の技術が発達しながら、地域社会と強い関わりを持ってきました。村人は【ユイ・結】を組織し、茅葺を手伝い、古くなった屋根の改修で出た【古茅】は大切にリサイクルしていました。また、重要な肥料として農地に還元され、その【マテリアル】自体も自己完結型で地域循環していました。
筑波の茅葺屋根の【軒】の特徴は、軒が5〜7段も葺いた重厚なものが多く、屋根棟は【屋根グシ】と呼ばれ、カマボコ型の丸グシが特徴です。
【ふるさと】というところは、我慢や不自由の多いところですが、その中で人は一生懸命に美的な誇りを探し美しく幸福に生きようとしています。その力こそ今の時代に必要だと【八郷】は、私達に教えようとしています。こうした集落での【町守り】は【町興し】に名を借りた開発行為とは異質のものでしょう。
【町守り】とは文化をその地で、地道に頑なに守り続けること。そこでは、簡単には壊さず大切に長く使う知恵が凝縮されています。作っては壊す、日本の現状の見直しは急務でしょう。
次回は、中国は西安、党家村の取材です。中国の壮大な歴史上11もの時代の首都であった『西安』。日本とも歴史上つながりが深い『長安』を昨年の北京に引き続き取材します。
【古民家再生の環境的側面】
日本の産業廃棄物のうち約20%を建設廃棄物が占め、民生部門のエネルギーのうち約45%を住宅が占めると言われる。社会全体の環境負荷の低減を図るには、この住宅建築をいかに環境配慮型に変えていくかが重要な課題です。住宅建材のリサイクル率向上や生活エネルギー使用量減少はどうすれば可能なのか?わたしたちは伝統的な素材、工法に、関わる最先端の知識に触れ、エコロジカルな視点からも民家再生に注力しています。
毎年建っている戸建住宅は約数十万戸で、最新の技術、性能を持ちます。しかし、立て替えればで、産業廃棄物と大量のゴミを発生させます。そして、もうすでに建ってしまっている既存住宅1500万戸はどうすればいいのでしょうか?わたしたちはリモデル、リフォーム(欧米ではリフォームというと歯の矯正の意味も含まれ、一般的にはリモデリング、ホームインプルーブメントと言われています。)を通じて、ゴミ問題も含むエネルギーなどの環境負荷低減をはかってまいります。とりわけ大きな機械装置(製造エネルギーが多大で廃棄時にリサイクルできないものを主に言います)の導入でアクティブな「省エネ」を図る方法よりも、より自然エネルギーをそのままの形で活用するパッシブな「省エネ」デザイン、設計を心がけていこうと考えます。
『ふるさと』というところは、我慢や不自由の多いところですが、その中で人は一生懸命に美的な誇りを探し美しく幸福に生きようとしています。その力こそ今の時代に必要だと『八郷』は、私達に教えようとしています。『町守り』は『町興し』に名を借りた開発行為とは異質のものでしょう。
『町守り』とは文化をその地で、地道に頑なに守り続けること。そこでは、簡単には壊さず大切に長く使う知恵が凝縮されています。作っては壊す、日本の現状の見直しは急務でしょう。
NPO日本民家再生リサイクル協会正会員(株)アップル 大竹清彦
―栃木・藤岡町/青木邸・古民家解体(2007年) ⇒小山市/塩田邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2008年)―
静かな農村地帯に昔懐かしい風情を残す「青木邸」は江戸時代には、この土地で栄えていた大規模な農家。現在、旧道沿いに立つこの家の母屋は約100年前のもの。昔は街道の両脇に茅葺屋根の家々が立ち並ぶ日本の原風景を残す土地でもあった。最近はテレビの番組でも多く登場するようになった古民家とはいえ、子供の頃には「暗くて寒くて怖い」場所と思い育ったそうです。お母さんとの2世帯住宅を建てる決意をされたものの、祖先が使い残してくれたこの母屋をただ解体することに寂しさを感じていらした青木さんご夫婦。「まだ、使えるものなら是非、再生に活用て使い続けて下さい」と。まさに「200年住宅」の真髄ではないでしょうか?昔から、捨てずに大切に使い続けてきた構造材。本来、日本では当たり前に行われてきた建築文化です。もちろん、何もせず、200年耐用できるものなど何処にもありません。定期的に修理修繕し、次代を越え愛着を持ちながらメンテナンスし熟成されてきたのです。大切に使い住み続ける社会の実現。これこそがわたしたちの目指す「200年住宅」の意味するところではないでしょうか?青木さん、わたしたちアップルで古材として立派にリモデリングで大切に活用させていただきます。
Before(青木邸)
当時の貫工法(在来工法の原型)や竹小舞の土壁。地場の欅と松の曲がり梁が素晴らしい。
After(再生リモデル完成しました・塩田邸)
増改築前(外観) (和室) (廊下) 改装中:古材をクレーンで搬入
改装中:青木さんの地松の古材梁を2本活用、ドイツ・リボス自然素材塗料で綺麗に蘇る。
改築後(廊下)杉の古材柱を廊下でも活用、手洗いをしつらえ、トイレも増設。内装はスイス本漆喰左官&ドイツ・ウッドチップクロス張り
改築後(寝室)
改築後(和室:1) 内装:ドイツ・ウッドチップクロス (和室:2)内装:愛知・桃山土壁(弁柄壁)
その他の古材活用リモデリング例 Before⇒After
よくある普通の和室 「古材の柱」で作った「自在ガキ」をぶら下げ、囲炉裏風の設えに。
「古材梁」を4本使っています。
古民家を見て、その素晴らしさに感動する人は多い。その佇まいはわたしたちの五感に訴えるものは非常に多いが、本当の素晴らしさと意味するところは、自然のシステムが無駄なく利用されている先人たちの知恵に気づく点です。民家に蓄積された仕掛け、例えば風を防ぐ工夫、逆に風を導く工夫、高湿から室内を守る工夫、暗さを補う天窓の工夫といった仕掛けは、わたしたちのスローライフな暮らし方を見直すことを教えてくれます。これは過去への回帰を意味するのでなく、未来の住宅のために、伝統技術を見直し、継承し、新しい知恵を加えるということにつながって行きます。 民家の様々な歴史、文化的な背景を知ることは、ものの真の価値を知ることも出来ます。 裏付けのある知識を持つことで「先人たちの知恵」のルーツを知ることが出来ます。 例えば、家族団らんの食事は囲炉裏を囲んで・・・と思われていますが実は、『囲炉裏』は養蚕のための暖房であり、生活に余裕はなく、封建的なスタイルで食事は各自お膳で取っていた・・・。 しかし、現在はそのような封建的な風習はありませんから、『囲炉裏』は家族で仲良くみんで囲めばいい。 このように、民家を知ることは、わたしたちの先人たちの、地域にあった住まい方を正しく知り、その知恵を活用し、さらに長い年月をかけ熟成させていくものではないでしょうか。
「エコの先端をいく文化を取り戻す」ビンテージリフォーム
江戸時代から、木材を再利用するのは当り前の時代でした。これがいつしか捨てる文化に変わってしまった。究極のエコロジーは、そのままの形で出来るだけ長く使うこと。ビンテージリフォームは、そんな私達の考えが詰まったコンセプト・リフォームです!リフォームアップルで強力に推進中!
古材を多用するビンテージリフォームは、高い志と古来の伝統工法の豊富な見識を習得した古材施工技術士に是非一度ご相談下さい。
===大切なものを壊さず、使い継ぎ再生させる。福島県会津から古材を入荷しました。=== |
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