江戸後期の武家屋敷・永井路子旧宅など/古河市・中央町~鴻巣(その2)―

【日時】平成25年・10月16日(水)
前回視察した古河市中央町にある「坂長」の屋敷再生に引き続き、この界隈の歴史的史跡を視察した。幕末の蘭学者で古河藩家老、鷹見泉石が晩年過ごした住居が「鷹見泉石記念館」として公開されている。鷹見泉石(1785~1858)は、江戸後期の下総国古河藩の家老で蘭学者であった。鷹見は、蘭学者である渡辺華山やロシア漂流で知られる大黒屋光太夫とも親交があり、多くの者が教えを請いに古河のこの屋敷を訪れたという。「泉石」は号であり、名前は忠常であった。老中を勤めた藩主の土井利厚・利位二代に仕え、大塩平八郎の乱の鎮圧を指揮した重鎮であり、「新訳和蘭国全図」を刊行した。ペリー来航時には建言書「愚意摘要」を書き、開国通商・富国強兵を唱えた。この元武家屋敷は、寛永10年(1633)古河城主・土井利勝が、古河城の三階櫓を作ったときの建築残材を使い建てたと伝えられ、もとの建坪は100坪もあり、現在の2倍以上の建物であった。屋敷の敷地全体は東西に長く、一段と広大な(現在の4倍以上)のものであった。土井氏の家中では、奥氏・潮田氏・鷹見氏など、元家老を勤めた者が居住した屋敷である。元治元年(1864)には、天狗党の乱に巻き込まれ、幕府に降った水戸藩士100名余を一時収容した屋敷でもある。それは、泉石の子・忠正が家老となり、城内の屋敷に移って空家になっていたときのことであった。維新期、この屋敷は再度入居した鷹見家の所有となり、泉石の残した膨大な資料は、代々子孫に守られ今日に伝えられている。平成2年、「鷹見泉石記念館」として開館された。同じ敷地に隣接した「繍水草堂」は南画家・奥原晴湖の画室を移築再生したものである。慶応元年(1865)以来、活動の場としていた東京上野の摩利支天横町の「墨吐烟雲楼」が、明治24年(1891)、鉄道用地となってしまい、旧古河藩領でもあった埼玉県熊谷へ活動拠点を移したのが繍水草堂。晴湖は南画に対する時代の葛藤から中央画壇とは距離をとり、大正2年(1913)晴湖が没すると、画室は主を失った。晴湖の甥、池田多喜雄氏により昭和4年、池田家の屋敷地内に再度移転した。平成20年、故奥原ミチ子氏の遺志により、奥原晴湖画室への寄附により、古河市中央町の歴史博物館南側である鷹見泉石記念館の敷地内に移築された。今回の平成の移築工事にあたり、熊谷にあった当初の姿の一部が再現され、庭石の一部にも、古河城の礎石が再利用された。
古河駅西口から渡良瀬川まで延びる通称「渡良瀬坂通り」に「篆刻美術館」と「永井路子旧宅」がある。「篆刻(てんこく)美術館」は、平成3年春に開館した日本で初めての篆刻専門の美術館である。旧古河城下町である石町通りに面して大正9年に建設された3階建て石倉を改修したもので国の登録有形文化財である。篆刻は、約700年前の中国で興った書道芸術のひとつで、四書・五経や漢詩などから語句を選び篆書という古文字を用いて柔らかい小さな石に刻んで押したものを鑑賞するもの。
永井路子旧宅」は、直木賞作家で東京生まれの永井路子氏が幼少時に母親の郷里である古河へ移り、結婚するまでの約20年間を過ごした邸宅である。旧宅は江戸末期に建てられたもので、約30坪の2階建・土蔵造りの建物である。1950年代には、別の所有者へ譲渡されたがその際、店蔵の南側部分にあった木造平屋建ての住居約13坪の部分は解体された。近年、取り壊し寸前であったが修復され一般公開された。しかし、東日本大震災で被災。その後、再修復耐震補強工事を行ない、平成24年に再開館された。
中央町から移動し、最後に古河市の南部に開発された、古河市鴻巣「けやき平」の街並みを視察した。古河市景観計画の策定による「景観づくりの羅針盤」により建築協定が定められた和風住宅の趣きある住宅地区である。開発当時の市役所の資料からも「景観作法」というやや緩い表現で建築景観を定めており、開発から20年近く経過しているが、荒れた様子を感じない落ち着いた住宅地となっていた。
                                取材:JMRA日本民家再生協会正会員  ㈱アップル 大竹 清彦

           古河市・市街地(中央町を含む)城下町地区
       
           古河市・郊外、南西部に位置する総合公園周辺の鴻巣「けやき平」
       
            古河市の観光地図
       

【鷹見泉石記念館】















奥原晴湖ゆかりの【繍水草堂】













篆刻(てんこく)美術館】















【永井路子旧宅】









【古河街角美術館】「篆刻美術館」と「永井路子旧宅」の間に建つ現在の煉瓦建築である 構造はRC造であるが外壁に化粧煉瓦がふんだんに使われている


        (参考)古河市・中央町を含む中心街・城下町地区の景観協定      (参考)古河市・鴻巣けやき平を含む郊外、総合公園周辺地区の景観協定
    

【古河市・鴻巣「けやき平」の住宅地】




















                                       取材:JMRA日本民家再生協会正会員  ㈱アップル 大竹 清彦


          【エコロジーの先端、文化を取り戻す・ビンテージリフォーム】
建築基準法で規定されている現在の【在来工法】は柱や桁梁の接合部に金具補強して、面材や筋交いなどの耐力壁で地震等に抵抗します。これに対し古民家などの【伝統的工法】では、柱や桁梁の接合部は木組みのみで金具の補強はありません。代わりに【伝統的工法】では土塗り壁、竹小舞、差し鴨居、貫などが主要な耐力要素となります。【伝統工法】では土台を使わず1階の柱を直接礎石に立てる【石場建て仕様】が用いられることがあります。特に西日本以西では夏場の床下通気やシロアリ対策から【石場建て仕様】が採用された民家が少なくありません。 【限界耐力計算】という方法で確認申請の適合判定が通れば、こうした【伝統木造軸組み住宅】も新築できる。しかし、この申請・審査には大変な手間がかかり、その結果、現在新築の実績は年間数棟にすぎないのが実情です。 わたしたちは、この【伝統的工法】で使わてきた柱や梁といった構造材の再構築としてリユースする道筋をつけ、消えゆく貴重な資源をリモデリングというで使い継いでまいります。 古いという理由だけで何もせずただ壊して捨てたらゴミになるだけ。しかし、リモデリングで再使用したらあと何年再活用できるでしょうか。 ビンテージ・リフォームは【伝統的工法で使われてきた古材】を大切に、そのままの形で出来るだけ長く使い、捨てない文化を取り戻す究極のエコロジカルなコンセプト・リフォームです。

                           【古材を活用した弊社アップルのリモデリング例】

  ―栃木・旧藤岡町/F邸・230年前の土蔵解体(2011年) ⇒下野市/H邸・古材梁を再活用したマンション・リモデルへ(2012年)
 
―マンションのキッチン・リモデリング―
 16年のマンションの全面改修の一部

薄暗く、開放感のない元の対面型キッチンをリ・モデリング
キッチン台は造作中心のオリジナル
床暖房+LDKは明るく開放的なキッチンに家族が集うようになりました

【Before】
 

 

【施工中】

キッチン台を組み、古材も取付け、LD側のカウンターもインストールして周辺を造作
 
仕上げ:弊社インテリアコーディネーターが詳細を現場で指示
 

 
古材に合わせて周りの造作家具なども自然塗料リボス+京都山中油店の鉱物顔料で着色
 
左官:カウンター天板、袖壁
 

 
天板の左官:クリスタルインレイ使用、蜜蝋で撥水加工 
 
袖壁の左官:スイス漆喰、カルクウォール、エイジング加工
 

【After】






























  ―福島・田島町/I邸・古民家解体(2004年) ⇒下野市/T邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2009年)

    

    

    

   

  

  

【古材を活用したリモデリング例】

   ―栃木・藤岡町/A邸・古民家解体(2007年) ⇒小山市/S邸・古材梁を再活用したリモデルへ(2008年)
静かな農村地帯に昔懐かしい風情を残す「青木邸」は江戸時代には、この土地で栄えていた大規模な農家。現在、旧道沿いに立つこの家の母屋は約100年前のもの。昔は街道の両脇に茅葺屋根の家々が立ち並ぶ日本の原風景を残す土地でもあった。最近はテレビの番組でも多く登場するようになった古民家とはいえ、子供の頃には「暗くて寒くて怖い」場所と思い育ったそうです。お母さんとの2世帯住宅を建てる決意をされたものの、祖先が使い残してくれたこの母屋をただ解体することに寂しさを感じていらした青木さんご夫婦。「まだ、使えるものなら是非、再生に活用て使い続けて下さい」と。まさに「200年住宅」の真髄ではないでしょうか?昔から、捨てずに大切に使い続けてきた構造材。本来、日本では当たり前に行われてきた建築文化です。もちろん、何もせず、200年耐用できるものなど何処にもありません。定期的に修理修繕し、次代を越え愛着を持ちながらメンテナンスし熟成されてきたのです。大切に使い住み続ける社会の実現。これこそがわたしたちの目指す「200年住宅」の意味するところではないでしょうか?青木さん、わたしたちアップルで古材として立派にリモデリングで大切に活用させていただきます。
                          Before(青木邸
     

   
 当時の貫工法(在来工法の原型)や竹小舞の土壁。地場の欅と松の曲がり梁が素晴らしい。
  
                  After(再生リモデル完成しました

     
 
増改築前(外観)              (和室)                    (廊下)         改装中古材をクレーンで搬入
        
    
       改装中:青木さんの地松の古材梁を2本活用、ドイツ・リボス自然素材塗料で綺麗に蘇る。 
  改築後(廊下)杉の古材柱を廊下でも活用、手洗いをしつらえ、トイレも増設。内装はスイス本漆喰左官&ドイツ・ウッドチップクロス張り
 
    
  改築後(寝室)
   
  改築後(和室:1) 内装:ドイツ・ウッドチップクロス                (和室:2)内装:愛知・桃山土壁(弁柄壁)  
    

【その他、古材を活用したリモデリング例】 Before⇒After
                    
                   よくある普通の和室             「古材の柱」で作った「自在ガキ」をぶら下げ、囲炉裏風の設えに。
                                             「古材梁」を4本使っています。

古民家を見て、その素晴らしさに感動する人は多い。その佇まいはわたしたちの五感に訴えるものは非常に多いが、本当の素晴らしさと意味するところは、自然のシステムが無駄なく利用されている先人たちの知恵に気づく点です。民家に蓄積された仕掛け、例えば風を防ぐ工夫、逆に風を導く工夫、高湿から室内を守る工夫、暗さを補う天窓の工夫といった仕掛けは、わたしたちのスローライフな暮らし方を見直すことを教えてくれます。これは過去への回帰を意味するのでなく、未来の住宅のために、伝統技術を見直し、継承し、新しい知恵を加えるということにつながって行きます。 民家の様々な歴史、文化的な背景を知ることは、ものの真の価値を知ることも出来ます。 裏付けのある知識を持つことで「先人たちの知恵」のルーツを知ることが出来ます。 例えば、家族団らんの食事は囲炉裏を囲んで・・・と思われていますが実は、『囲炉裏』は養蚕のための暖房であり、生活に余裕はなく、封建的なスタイルで食事は各自お膳で取っていた・・・。 しかし、現在はそのような封建的な風習はありませんから、『囲炉裏』は家族で仲良くみんで囲めばいい。 このように、民家を知ることは、わたしたちの先人たちの、地域にあった住まい方を正しく知り、その知恵を活用し、さらに長い年月をかけ熟成させていくものではないでしょうか。
江戸時代から、木材を再利用するのは当り前の時代でした。これがいつしか捨てる文化に変わってしまった。究極のエコロジーは、そのままの形で出来るだけ長く使うこと。ビンテージリフォームは、そんな私達の考えが詰まったコンセプト・リフォームです!リフォームアップルで強力に推進中!
古材を多用するビンテージリフォームは、高い志と古来の伝統工法の豊富な見識を習得した古材施工技術士に是非一度ご相談下さい。
                             日本民家再生リサイクル協会正会員 ㈱アップル・リフォームアップル自治医大店 大竹喜世彦 
 

  


【茅葺屋根の古民家】
八郷町には60余棟の『茅葺の里』があります。毎年年末に、八郷町の地元の【茅葺屋根保存会】の方々と、とわたしたち【民家再生リサイクル協会】茅刈り隊】、筑波大学生らのボランティアを含むメンバー(200名近く)は【つくば学園都市】にある高分子研究センターでヨシ刈りを行なっています。八郷の茅葺屋根の葺替えに使うための【ヨシ刈り】です。
そして、毎年この4月初旬に、民家再生リサイクル協会では、八郷町、地元【茅葺屋根保存会】の方々と、茅葺古民家で交流会を行い、早春の一日を美しい里山と日本の原風景が残る茅葺集落で過ごしております。戦後のヨーロッパでも、日本と同じように茅葺屋根は激減しましたが、現在は高級住宅地などのステータスシンボルとして使われ人気が高いそうです。・・・
さて、日本の茅葺について。かつての日本の茅葺文化は農村生活と深く結びつき社会活動とのかかわりが欠かせませんでした。筑波一帯は、江戸城の鬼門を守る門前町として栄え、特に筑波山麓では江戸末期からは専門職として【茅葺職人】が成り立ち、地方ごとに特異な形の技術が発達しながら、地域社会と強い関わりを持ってきました。村人は【ユイ・結】を組織し、茅葺を手伝い、古くなった屋根の改修で出た【古茅】は大切にリサイクルしまた、重要な肥料として農地にも還元され、その【マテリアル】自体も自己完結型で地域循環していました。
古民家再生の環境的側面】
日本の産業廃棄物のうち約20%を建設廃棄物が占め、民生部門のエネルギーのうち約45%を住宅が占めると言われる。社会全体の環境負荷の低減を図るには、この住宅建築をいかに環境配慮型に変えていくかが重要な課題です。住宅建材のリサイクル率向上や生活エネルギー使用量減少はどうすれば可能なのか?わたしたちは伝統的な素材、工法に、関わる最先端の知識に触れ、エコロジカルな視点からも民家再生に注力しています。
毎年建っている戸建住宅は約数十万戸で、最新の技術、性能を持ちます。しかし、立て替えればで、産業廃棄物と大量のゴミを発生させます。そして、もうすでに建ってしまっている既存住宅1500万戸はどうすればいいのでしょうか?わたしたちはリモデル、リフォーム(欧米ではリフォームというと歯の矯正の意味も含まれ、一般的にはリモデリング、ホームインプルーブメントと言われています。)を通じて、ゴミ問題も含むエネルギーなどの環境負荷低減をはかってまいります。とりわけ大きな機械装置(製造エネルギーが多大で廃棄時にリサイクルできないものを主に言います)の導入でアクティブな「省エネ」を図る方法よりも、より自然エネルギーをそのままの形で活用するパッシブな「省エネ」デザイン、設計を心がけていこうと考えます。
『ふるさと』というところは、我慢や不自由の多いところですが、その中で人は一生懸命に美的な誇りを探し美しく幸福に生きようとしています。その力こそ今の時代に必要だと『八郷』は、私達に教えようとしています。『町守り』は『町興し』に名を借りた開発行為とは異質のものでしょう。
『町守り』とは文化をその地で、地道に頑なに守り続けること。そこでは、簡単には壊さず大切に長く使う知恵が凝縮されています。作っては壊す、日本の現状の見直しは急務でしょう。
                           
                             NPO日本民家再生リサイクル協会正会員(株)アップル 大竹喜世彦

 ===大切なものを壊さず、使い継ぎ再生させる。福島県会津から古材を入荷しました。===

                      【古材でリモデルしませんか?】 
ビンテージ・リフォームは、そのままの形を出来るだけ長く使い、捨てない文化を取り戻し、究極のエコロジカルの先端をいくコンセプト・リフォー


      
本格的に古民家をほどき、移築するのではなく、もっとライトな感覚で古材を生活の中で活用してみましょう。 たとえば、和室に『囲炉裏』 や庭に『茶室』・古民家風のわたしの 『アトリエ」』などはいかがでしょう。二階の『使わなくなった部屋』を古民家風に設えてもいいでしょう。厳格なエコロジストではなく、もっと気楽にライトに生活を楽しむチルチン人やロハスな人々。…そんなライフスタイルの方々が急増しています。
㈱アップルではそんなロハスな方々を応援中です。
    リフォームアップル自治医大店 大竹喜世彦

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