足尾の山に100万本の木を植えよう!
4月23日に第11回春の植樹デーが開催されました。設立メンバーのお一人立松和平さんは栃木県出身の作家で
近年環境問題に積極的に参加されメッセージも数多く発信されている。11時過ぎに下山途中にお会いできました。
手には3本の苗木を持たれていました。当日天候の不安が有りましたが、雨も降らず、薄日が差すぐらいの植樹には
恵まれた天候でした。
参加者総数、1,300名 植樹本数は5,000本を越えました。わたしも、地元の山岳会のメンバーら19名の参加
の一人で、カエデ、ケヤキなどの苗木をもらい、植林に参加できました。ザックは下に集めておき、苗木とスコップを
手に上りましたが、階段を上るのは結構きつく、350段目あたりで植林できました。
植林の将来の目標は100万本。今年でまだわずか3万本だからあと100数10年かけ再生できることになります。
小学校で学んだ田中正造の足尾銅山の公害提起は何となく知っていてもこのボランティアが開始されたのはたった
の10数年です。あまりにもたくさんの人手と年数がかかることを身をもって体験しました。
今回の植林地を見渡しても回り中はまだまだ禿山ばかりです。午後には備前穂高という近くの山に登りましたが、ここ
は銅山の企業が100年前に植林した山です。カラマツが生長していましたが、当時でも全てを再生することを断念せざ
るをえないほどの規模の被害であったことを感じました。渡良瀬川流域に住むわたし達にとっても欠かすことの出来ない
足尾山の再生は今始まったばかりです。今年7月には雑草を刈り取るボランティアがあります。
NPO法人 足尾に緑を育てる会 www.ashio-midori.com 0288(93)2180まで
「木の生命力は強いし、お互いに助け合って育つんだよね」
「育てる会」設立メンバーの作家・立松和平さん(58)は、緑が戻りつつあるハゲ山の写真を見やりながら、いとおしむ
ような口調で語った。足尾銅山の飯場頭だった母方の曾祖父の生涯と、日本近代化の牽引車となった足尾を描いた
小説「恩寵の谷」(1996年)を著した立松さんにとって、足尾は創作エネルギーの原点ともなった地である。
鉱毒被害を受けた渡良瀬川下流の住民と銅山で栄えた足尾の人々。「育てる会」は、一世紀に及ぶ被害者と加害者
の関係を乗り越え、足尾の文化や歴史を研究する5団体が発足させた。足尾に緑を取り戻すことを流域再生の切り札
とし、足尾を通じて自然と人間の共生を考えたいとの共通する思いが、上下流の″溝″を埋めた。
1996年5月。会主催の初植樹会が、足尾ダム下流の山腹にある大畑沢緑地ゾーンで行われた。お金も苗もない、
ないないづくしでの呼びかけだったが、160人が駆けつけた。「せいぜい2〜30人かなと思っていたんでびっくりしまし
たよ。熱い思いが伝わり、随分勇気づけられました」
と立松さんは振り返る。翌年から4月の恒例となり、昨年は過去最多の1100人が植樹に参加した。
立松さんは「リピーターが多いんですよ。みんな自分の心にも1本ずつ木を構えているんだよね。
僕にとっては毎年足尾に植樹に行くことが春のこと触れ」と言う。 夏には草刈り、秋には観察が行われる。体験植樹で
訪れる小中学校なども増え、昨年1年間で110団体に上った。
足尾の活動は、国有林での「古事の森」づくり事業にも発展した。神社仏閣などの修復は樹齢数100年のヒノキが必要
なのに、森がどんどん破壊されていく現状に危機感を抱いた立松さんが、林野庁に掛け合い実現した。2002年の鞍馬
山(京都)を皮切りに筑波山、裏木曽など全国7カ所でボランティアによる植林が行われている。
立松さんは「日本文化の基本は森。森が崩壊していい文化が育つはずがない。足尾での活動があったからこそ生まれた
発想です」と明かす。
1897(明治30)年、農商務省が銅製錬の煙害などで生まれた足尾のハゲ山(当時3500ヘクタール)で「官林復旧事
業」を始めて100年余。今も、緑はその半分ほどしかよみがえっていない。「育てる会」は、「百万本の木を植えよう」を
スローガンに掲げる。毎年5000本植えても200年弱。「僕らの生きている時代には結果を出せない、ほとんど永遠の
作業」と話す立松さんは、「小さな力だが、貧者の一灯の精神でやり続け、次の世代につなげることが大切。環境問題は
すべて、貧者の一灯であることを足尾から学びました」と続けた。
2002年5月にNPO法人として″第二の人生〃を歩み始めた「育てる会」。会長の神山英昭さん(68)も11年は単なる
通過点。これからも、今できることをコツコツと続けていくだけです」と気負いがない。足尾環境学習センターの管理運営
を行政から委託された神山さんは、「足尾は環境問題を考える最適の地。足尾を見ずして環境を語るなかれ、です。
ぜひ足尾に足を運んでほしい」と語った。「1973年の閉山まで銅山興亡の舞台となった栃木県足尾町は2006年3月
20日、合併に伴い日光市足尾町となり、自治体としての「足尾」の歴史にピリオドが打たれた。7月には、鉱毒の直撃を
受けた谷中村が強制廃村となって100年になる。田中正造がまいた「源流域の保全、治山治水」の種は、長い歳月が
経過した今、「育てる会」の活動として着実に花を咲かせている。
環境保全は一朝一夕ではなし得ない。もしかしたら50年、100年かかるかも知れません。しかし、戦後の大量生産、大量
消費、安ければ何をしても許された大量破棄の時代の負の遺産です。これは、私たち自身の行動、考えとも一致するので
はないでしょうか。安ければいい。何も考えずに浪費した行動です。必要なものを必要なだけ程ほどに使用し、持続可能な
生活を自然界とも共生する。山はそんな当たり前の事を人類に教えてくれているのです。
間伐材は植林管理では欠かすことの出来ない作業です。枝打ちしたり、間引きし樹木同士の競争をほどほどにコントロー
ルしています。太陽の光を根元まで降り注がす為にもやります。
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